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秋田地方裁判所 昭和60年(わ)176号 判決

国籍

韓国(慶尚南道山清郡山清面馬山市石田洞街一五二番地)

住居

秋田県鹿角市花輪字中花輪五〇番地

遊技場・洋品小売店経営

三浦慶作こと姜夏仲

一九一五年三月一五日生

右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官大橋弘文出席のうえ審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人を懲役二年及び罰金九、〇〇〇万円に処する。

右罰金を完納することができないときは、金二〇万円を一日に換算した期間、被告人を労役場に留置する。

この裁判の確定した日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人は、秋田県鹿角市花輪字中花輪五〇番地に事業所を置いて洋品小売店を、同県能代市元町七番五号及び秋田市泉字鯲沼一〇三番地にそれぞれ事業所を置いて遊技場(パチンコ店)を経営していたものであるが、所得税を免れようと企て、いわゆる「つまみ申告」により所得を秘匿した上

第一  昭和五六年分の総所得金額が一億三、五九九万二、〇五四円で、これに対する所得税額が八、五三一万八、六〇〇円であるにもかかわらず、同五七年二月二七日、秋田県大館市赤館町二番一六号所在大館税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が六六〇万円で、これに対する所得税額が六三万二、九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により同年分の正規の所得税額と右申告税観との差額八、四六八万五、七〇〇円を免れ

第二  同五七年分の総所得金額が二億九、五五三万一、二〇八円で、これに対する所得税額が二億四五四万円であるにもかかわらず、同五八年二月二六日、前記大館税務署において、同税務署長に対し、総所得金額が九五〇万円で、これに対する所得税額が一四一万五、一〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により同年分の正規の所得税額と右申告税額との差額二億三一二万四、九〇〇円を免れ

第三  同五八年分の総所得金額が二億六、〇二六万五、九四七円で、これに対する所得税額が一億七、七八三万三、一〇〇円であるにもかかわらず、同五九年二月二七日、前記大館税務署において、同税務署長に対し、総所得金観が一、三〇〇万円で、これに対する所得税額が二七七万八、九〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、もつて、不正の行為により同年分の正規の所得税観と右申告税額との差額一億七、五〇五万四、二〇〇円を免れたものである。

(証拠の標目)

判示全部の事実について

一  被告人の当公判廷における供述

一  被告人の大蔵事務官に対する質問てん末書三通

一  被告人の検察官に対する供述調書

一  被告人作成の昭和六〇年二月二五日付上申書六通

一  大蔵事務官作成の「脱税額計算書説明資料」と題する書面

一  姜龍太の大蔵事務官に対する昭和六〇年二月六日付(二通-表面に検甲10号、12号と表示のあるもの)、同年三月八日付(二通)各質問てん末書

一  姜泰文(三通)、季幸子(三通)、水谷武司の大蔵事務官に対する各質問てん末書

一  姜龍太、姜泰文、李幸子の検察官に対する各供述調書

一  国税査察官作成の写真撮影報告書四通

一  大蔵事務官作成の証券会社調査書及び銀行調査書

一  李幸子作成の上申書四通

一  水谷武司、糟谷勝、佐藤健三、小保方テイ、石井久喜、平野アキ、吉田由五郎、高谷由夫、花ノ木孝儀、石木田忠蔵、多田司、柳澤雅子、柳澤毅、浅利昭、畠山力蔵、今武夫、田中一三、田村和成、田中正二、鈴木泰一、小佐野政邦、長岡譲、佐藤為蔵、宮沢博、中島健吉(二通)、高橋三枝(二通)、當山隆則(二通)、五代木健治(二通)、榎本宏、藤田鉄良、原田俊雄、原田杉蔵、土肥味右エ門、武田三郎、松崎岳、大山三男、有坂政雄、塚本明、宮腰慶一郎、佐々木弘治郎、辻俊二(二通)、桜庭栄司、田村文雄、大塚守、平山一郎、濱欠健資、川尻求、苅谷準一郎(二通)、安部格、毒島邦雄(二通)、加藤弘章(二通)、寺田弘(二通)、村上祐助(二通)、谷村昌子(二通)、菅野薫(二通)、大高充、登藤亀之助、伊藤嘉一(二通)、岩本武雄、後藤光太郎、近江禮三、川辺和夫、茜谷清治、佐藤勝美、今川孝志、伊藤直、遠藤信彦、阿部正次、桑原功、多田農、斎藤寿、佐藤幸一、宮本昌彦、佐々木吉次郎、佐々木鉄治、杉山健一、進藤秋作、高橋ツルエ、高橋十郎、恩田和雄、吉田重信、本間昭也、大沼善三郎、藤田慶治、加藤順一、七尾文雄、佐久間正則、船木正男、新井健司、越前屋典子、平川広秋、陸川正明、葛西正夫、松村貞吉、石川正克(二通)、三井健一郎、高橋佐千夫、山崎弘、米澤實の各「取引内容照会に対する回答」と題する書面

一  申告所得税の納付状況照会に対する回答と題する書面

判示第一の事実について

一  押収してある昭和五六年分の所得税確定申告書(昭和六〇年押第三〇号の一)一枚

一  大蔵事務官作成の昭和五六年二月期脱税額計算書

一  昭和五六年分の所得税修正申告書謄本

判示第二の事実について

一  押収してある昭和五七年分の所得税確定申告(昭和六〇年押第三〇号の二)一枚

一  大蔵事務官作成の昭和五七年二月期脱税額計算書

一  昭和五七年分の所得税修正申告書謄本

判示第三の事実について

一  押収してある昭和五八年分の所得税確定申告書(昭和六〇年押第三〇号の三)一枚

一  大蔵事務官作成の昭和五八年二月期脱税額計算書

一  昭和五八年分の所得税修正申告書謄本

(法令の適用)

被告人の本件各所為は、いずれも所得税法二三八条一項、二項に該当するところ所定の懲役刑と罰金刑とを併科することとし、右は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については、同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第二の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を懲役二年に処し、情状により同法二五条一項を適用してこの裁判の確定した日から三年間右の刑の執行を猶予することとし、罰金刑については同法四八条二項により、所定罰金の合算額の範囲内で被告人を罰金九、〇〇〇万円に処し、右の罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置することとする。

(量刑の事情)

本件は、個人でパチンコ遊技場、洋品店等を営んでいた被告人が、三事業年度に亘り、各事業年度とも九五パーセントを超える高率で、計四億六、二八六万円もの額の脱税に及んだというこの種事犯中でも稀にみる巨額の脱税事犯であり、かかる事犯が横行するにおいては、申告納税制度そのものがゆらぎ、国の財政基盤が危殆に瀕し、国民の遵法意識が損われるなどの結果を招きかねないものがあるうえ、本件犯行の態様も、韓国人の集団で所得税務署に赴き、その一員として過少申告をなすという大胆なもので、加うるに、そのような申告の仕方について共に従業していた実子らから再三注意、進言されていたに拘らず、これにとりあわないで、あえて右過少申告をなしたというのであるから、まことに悪質というべきであり、被告人の法を軽視し、法上の義務を疎んじる自己中心性の表れとして厳しく非難されなければならない。

しかしながら、他方、被告人は、幼くして母親を失い、少年時に祖国を離れ、異郷で独力艱難に耐え、苦労の末に事業を起して、過当競争を乗り越えつつこれを盛りたててきたもので、その粉骨砕身の働きぶり、子らを大学等に学ばせた教育に対する熱意、日頃の地域での活躍等においてはむしろ周囲から敬愛されていた存在であること、無学であるため正確な所得は把握しえなかった(しかしながら、各店舗の売上げ等について実子らから大体の報告を受けていたことは、被告人が自供しているところであり、三億円余りの預金証書等を被告人ひとりで保管していたこと、申告内容について前示のように子らから再三注意されていた状況等に照らしても、所得の規模の認識は当然あったというべきである)うえ、父権に絶対的権威を認める韓国人としての家族感情のもとにあって、実生活上も家庭内で敬愛され、家人に対し権力を持っていた被告人としては、子らに自らの辛酸をなめさせまいと、自らは質素に甘んじつつ、子らのためまた事業のため蓄財にはしったことも、前示の生い立ち、経歴等に照らし、情として理解できる面もあること、本件脱税の手段・方法は、前示のように大胆ではあるが、虚偽帳簿の作成、経理上の操作、取引先との工作等を一切伴わない単純な過少申告であり、被告人の犯意がそれほど強固であったものとは認められないこと、被告人は当初から本件事実を認め、調査及び捜査には被告人をはじめ一家あげてこれに協力してきていること、本件については、その後修正申告がなされ、加算税を含め計六億円を超える所得税と一億円を超える住民税・事業税との全てが完納されており、またこのほか、本件が新聞等で報道されるなど、被告人が既に相当の社会的制裁を受けていること、被告人は七一歳の老令であり、反省の情も顕著であること、被告人は本件により事業の実権を実子らに移譲し、経営からは実質的に離れて、今後は実子らが監督の任に当ることが期待できるから再犯のおそれはないものと思われること、被告人には二十数年前の罰金前科が一犯あるほかは前科前歴が全くないことなど被告人に有利ないし同情すべき事情も多々認められるので、以上の情状を総合勘案すると、被告人に対し懲役の実刑を科すことは相当でないと思料するから、懲役刑の執行を猶予することとする。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判官 小池洋吉)

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